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たかきろぐ

「自動運転」「情報系大学」「雑記」をだらだらと書いています

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OJT教育に関して思うこと

Yahooニュースにこんな記事が出た.新人教育をしていて思ったことを書く.

bylines.news.yahoo.co.jp

 大学から会社に戻って,程なくすると新人が下につくことになった.入社5年目,後輩ができるのは少し遅めだったかもしれない.後輩ができることに,半ば嬉しさと不安を抱えた.

約3ヶ月が過ぎたが,箱を開けてみると空回りしている感じがある.後輩は技能的には一般的な新人よりできる.私の会社でも「OJT」の名の下,教育制度が存在しているが,どうもこれの恩恵を預かっている気がしない.なぜか?

それにこの記事が答えてくれた気がする.記事中からOJTが意図的に体系化されていなくてもうまくいく条件を抜粋すると.

1)職場が村落共同体を継承していたこと

2)終身雇用が存在しており、長期間の雇用が可能だったこと

3)職能制度賃金の報償システムによって右肩上がりの収入が確保されており、モティベーションを確保することが容易だったこと

4)しかも、継承するべき技術が、世の中の環境変化に対して比較的、頑健で、変化のないものだったこと

5)何よりも、OJTという概念が曖昧で、ともすれば、職場で起こる教育的活動に、容易にOJTというラベリングがなされがちであったこと

1に関しては,コミュニケーションの問題で,埋めることができるだろう.

2,3に関しては未だに企業体系として残っている.実際に確保されているかは別としてだが...

問題は4,5である.特に4.ソフトウェアの進歩は目覚ましい.自分が利用している言語の特定のパッケージですら,更新の頻度が高くて見落とすこともある.そのため,新規の研究開発テーマに利用可能な機能,パッケージ,ツールは山ほどある.これらをキャッチアップしながら,下の者に伝えるというのは,難しい.まして,教育体系(マニュアルやカリキュラム)を作るというのは,それ専用の人材が必要だろう.

OJTという制度に愚痴をぶつけているわけではない.総論的な,一般的な社会人としての教育をその中で行うのなら,それにも価値があると思う.ただ,特にソフトウェア的な専門技術を教育する場合には,それがうまく回らない,ということだ.

さて,何が言いたいかというと,少し飛躍があるが,結局は自分で学ぶしかないのだ.「上記のキャッチアップを行う勤勉なエンジニアが身の回りの小さなグループに存在して且つ手があいている」なんていう状態はないということ.

もちろん,これから私が後輩には私の知っていることは伝える.だが,おそらく後輩にとって,これからはそれだけでは不十分だ.

高価なGPU,ネットワーク機器などを除けば,開発の道具は自前で用意できる世の中になった.社外の技術者ともつながる方法もある.優秀なエンジニアのソースコードや,自動運転にまつわるOSの中身まで開示されている.これらの材料をいかに収集し,身に付けるかが大事になる.